2015年8月3日月曜日

Preferred Sharesの主要条項・近時のunicornsへの投資における傾向

1. はじめに
Seed段階の投資においては、先日ご紹介したY CombinatorのSAFEや500 startupのKISS、Convertible Notesが使用されることが多いが、Series A以降やmid/later stageの投資においてはpreferred sharesが使用されることが一般的である。
Preferred sharesにおいては、会社の事業が安定段階に入ってきており投資規模も大きいことから、投資家の一定のprotectionが設けられることが多い。

Fenwick & West LLP(Silicon Valleyにおいて最も評判が高い法律事務所の1つ)の2015.3.31付けのレポート(Fenwick Report)では、US拠点の37社のunicorns($1 billion(約1,200億円)以上のvaluationを有するベンチャー企業)が2014.4.1-2015.3.31に行った資金調達について、preferred sharesの主要条項の分析がなされている。Unicornsへの投資における投資家のprotectionとしてどのような条項が含まれるか、近時の傾向を把握する上で興味深い。

2. 概要
Fenwick Reportの概要は以下のとおり。

  • かなりしっかりしたdownside protectionが設けられることが一般的。具体例としては、
    • Liquidation Preferences: 100%(うち回収可能金額は、投資金額 x 1: 97%、multiple: 3%)
    • IPO Protection(自己が投資したラウンドでのvaluationよりも低いvaluationでのIPOについてのprotection): 約30%
    • Down-priced roundにおけるprice protection(次回以降の資金調達で、自己が投資したラウンドよりもvaluationが低くなった場合に、普通株式への転換価格の調整を受ける権利): 100%(なお、調整方法はいずれもWeighted average)
  • Downside protectionに比して、upside benefitsは限定的。具体例としては、
    • Participating Preferred(Liquidationの際、まず①Liquidation preferencesの支払を受け、その後更に、②残余金額につき、普通株式に転換したとみなしてpro rataでの支払を受ける権利): 5%
  • 上記傾向(しっかりしたdownside protections、限定的なupside benefits)は、later stageの投資家と、創業者・early stageの投資家間の利益相反を生み出す可能性がある。
    • 例えば、post-money valuationが$10B、投資金額$1Bで投資した投資家は、一般的なliquidation preferences(投資金額 x 1 、participationなし)であれば、IPO・M&A等のexitでのvaluationが$1B-$10Bの間のいずれの金額であっても回収可能金額は変わらない($1B、upside benefitsなし)。これに対し、創業者・early stage投資家は例えば$8Bのexitでupside benefitsを得られる可能性がある。このような場合、$8Bのexitのチャンスがあった場合、創業者・early stage投資家はこれを望むが、later stageの投資家は望まない($10B超のexitを望む)こととなる。


3. 詳細
Fenwick Reportや一般的な解説資料をもとに、preferred sharesにおける主要な投資家のprotection(各条項の概要の解説)、近時のunicornsへの投資における傾向をまとめた。
(なお、主要条項の解説は一般的な解説資料に基づく概要の解説にとどまり、詳細は全米ベンチャーキャピタル協会雛形等を参照されたい。)

(1)主要な条項(Fenwick Reportによるデータがあるものを中心に)

条項説明一般的な解説14.4-'15.3 Unicorns
(Fenwick Report)
Liquidation Preferences会社のliquidationの場合に、優先株式の投資家は普通株主によりも優先して一定金額を回収できるという権利。
Liquidation:会社の清算・解散・事業の終了、合併、全資産又は実質的に全ての資産の売却等を含む。
投資家は、回収可能金額・valuation等を比較し、①liquidation preferenceによる回収又は②普通株式への転換を選択することとなる。
100%
 (1) 回収可能金額
 投資金額x1 97%
 Multiple(投資金額よりも多い) 3%
 (2) 優先順位
Liquidation preferencesの支払に関する、優先株主間(Series A vs B vs C, etc)の優先順位
 新しいラウンドから優先的に支払 19%
 全優先株主平等でpro rataでの支払("pari  passu") 81%
Dividend Preferences取締役会が配当決議をした場合に、一定利率による配当を受領する権利。
利率:6-8%/年程度が一般的。
通常VCは配当決議がなされることを期待するものではないが、税務上の観点からは有効な規定(税務上、優先株式が普通株式よりも1株あたり価格が高いことを説明する必要あり)
N/A
Cummulative Dividendある年又はQに配当が支払われなかった場合、一定利率での配当受領権が翌年又は翌Q以降に繰り越され累積される。
Liquidation preferencesでの回収可能金額が、①投資金額 x1又はMultiple + ②累積された配当金額となる。
投資家にとって、投資金額につきmarket rate of returnを回収できるという機能。
0%
Participating PreferredLiquidationの際、まず①Liquidation preferencesの支払を受け、その後更に、②残余金額につき、普通株式に転換したとみなしてpro rataでの支払を受ける権利。
①+②の合計金額につきCapが設けられる場合もある。例えば投資金額x3等。
5%
Automatic Conversion一定事由が発生した場合、自動的に普通株式に転換。
一定事由:優先株主の過半数又は2/3以上の同意、IPO等
通常ありN/A
IPO Protection自己が投資したラウンドでのvaluationよりも低いvaluationでのIPOについてのprotection約30%
 (1) Valuation
 IPO時の普通株式への転換は、valuationが一定金額以上である場合に限定される。 16%
 a. 自己が投資した時点におけるvaluationと同額以上である場合に限定 5%
 b. 自己が投資した時点におけるvaluationよりも高いvaluationを下限に設定(投資家のIPO時の利益確保) 11%
 (2) Additional Shares IPO時のValuationが一定金額(通常、自己が投資した時点におけるvaluation)未満である場合には、追加の株式発行を受けることができる。 14%
Antidilution Provisions投資家が自己の持株比率を維持する(dilutionを防ぐ)権利。
(2)(3)は役員・従業員に対する株式・ストック・オプション発行等の場合は除外されるのが通常。
 (1) Structural   Antidilution 株式の現物配当、株式分割、株式併合等の場合に、持株比率を維持する権利通常あり N/A
 (2) Preemptive Right and Right of First Refusal 将来の第三者に対する増資の場合に、同価格・pro rataで自己も増資を受けることができる権利。 N/A
 (3) Price Protection
 次以降のラウンド(down-priced round)における1株あたり価格が、自己が投資したラウンドよりも低くなった場合に、普通株式への転換価格の調整を受ける権利 100%
 a. Full Ratchet
 転換価格が、当該後のラウンド(down-priced round)の転換価格と同額に調整される。
 後のラウンドの規模に関わらず転換価格の調整がなされ、普通株主は大規模なdilutionを受けてしまうためunfairと言われている。
滅多にない 0%
 b. Weighted Average
 各ラウンドの規模・金額を踏まえて転換価格の調整を行う。以下の計算式が用いられる。

新転換価格=旧転換価格 X A/B
A:
発行済株式総数(新規発行前) X 新規投資金額 /旧転換価格
B:
発行済株式総数(新規発行前)+新規発行株式総数
一般的 100%
 (4) Pay to Play 投資家が、当該後のラウンド(down-priced round)において、プロラタで追加投資する場合に限り、(3)のPrice Protectionを認める。 N/A
Super Voting Stock普通株式が2種類あり、一方の普通株式(super voting stock)に、他方よりも多くの議決権を与えている。例えば、通常普通株式は1株1議決権だが、super voting stockは1株10-20議決権等。IPO後においても会社のcontrolを維持することが可能となる。22%
 付与対象者
 創業者・マネジメントのみ 8%
 創業者・マネジメント及び初期投資家 6%
 創業者・マネジメント及びIPO前の全投資家 8%

(2) その他の条項(Fenwick Reportによるデータなし)

条項説明一般的な解説
Redemption Rights会社に対して株式の買取を請求できる権利。投資家のput option(exit機会確保)。
期間:権利行使可能期間を制限する場合あり(投資から5年後以降等)。
買取価格:①liquidation preferencesで受領可能な金額、②fair market value等。
一般的ではない
Conversion Rights優先株式を普通株式に転換できる権利。
通常いつでも転換可能。
転換価格:当初は優先株式1株=普通株式1株。その後一定のイベントに応じて転換価格を調整。
通常あり
Voting Rights一定の重要事項の決定には、優先株主の同意が必要。
同意必要事項
定款変更、優先株式等の新規発行、自己の優先株主としての権利に変更を及ぼす事項、自己株取得等一般的
Liquidation(会社の清算・解散・事業の終了、合併、全資産又は実質的に全ての資産の売却等)、発行可能株式総数増加、取締役の人数変更等場合により
投資、子会社設立、債務負担、貸付、一定金額以上の設備投資等(ローン契約のcovenantsに含まれるような事項)一般的ではない
Board SeatLead investorはboard seatを要求するのが通常。他のVCも要求する場合もある。
Registration Rights
(1) Demand RightsIPOに必要なSEC Form S-1のfilingを要求する権利。IPOを強制できるという強い権利であり、行使できる場面が限定されるのが通常。一般的ではない
(2) S-3 Rights従前一定要件を満たして上場していた会社の再上場時に必要なSEC Forn S-3のfilingを要求する権利。一般的ではない
(3) Piggyback rights会社による公募等の際に、これに参加して自己の株式を売却できる権利。
但し、IPOの際には、証券会社の裁量によりcutbackが可能という留保が付されるのが通常。IPO以外の場合でも、証券会社の裁量により対象株式数を減少できるという留保が付される場合がある。
Information Rights投資家が会社の経営等に関する一定の情報を入手できる権利
対象となる情報
月次財務諸表、年次監査済財務諸表、年次予算等(基礎的な財務情報)一般的
①会計監査人から取締役会へのletter(会計監査結果、内部統制の脆弱性の有無等を含む)
②実地調査、役員・従業員へのインタビュー
③取締役会への出席(オブザーバー)
一般的ではない
Tag Along Rights/Co-sale Rights事業上keyとなる創業者が保有株式を第三者に売却しようとする場合に、投資家が自己の保有株式も同時に売却することを請求できる権利。通常売却する株式数はプロラタ(創業者が自己保有株式のうち50%を売却するなら投資家も自己保有株式のうち50%の売却を請求可)、他の売却条件(1株あたり譲渡価格等)は同一となる。場合により
Drag Along Rights投資家が自己保有株式を第三者に売却しようとする場合に、創業者に対しても、プロラタ・同一の売却条件で保有株式を当該第三者に売却することを請求できる権利。一般的ではない